禁断の領域
世の中に入力志向の語学教材は無限にある一方で、発話志向の教材がない。
いや、英会話本は無数にあるが、必要最小限まで網羅的に軽量化(断捨離)されていない。
つまり、自主トレを思いついても満足な発話教材がない。なぜ発話教材がないのか?
自主トレは商業化できない
- 会話の練習といえば対面レッスンだと思われている。
⇨ 練習相手
- 発話に間に合う日用語彙の用例を網羅するのは骨が折れる。
- 豊富な語学ネタを誇る英語業界で、自分だけ軽量化を言えば力量を疑われる。
仮にもし究極のダイエット方法が成立するとどうなるだろう。ダイエット業界が立ち行かない。
同様に、究極の発話教材が成立し発話分野が解決したら英語業界が必要なくなるだろう。
自力更生路線:発話教材は有限
一般の語学教材は理解語彙の拡大を志向するから内容は無限の語彙を無限に組み合わせる。
表現が発話向けかどうかを考えず、知識を総動員して何種類でも語学教材を作ればいい。
しかし発話教材は発話向けの必須表現を取捨選択。汎用的な用例を網羅的に軽量化する。
そんな発話用例集は作るまでが大変だが規模は有限であり、完成すれば一種類で足りる。
単独発話は危険思想
使えないと不自由する身近な表現は全て習得しても無駄がない。
一セットの発話教材があれば非対話の練習環境で自主トレできます。
自主トレは発話教材を消化するだけ。他の教材も対面レッスンも必要なくなる。
だから発話志向は商業主義を脅かす禁断の発想とも言えます。
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